ピースサミットの作文
                                   (本校6年生児童 本堂君の作品)

            広島の6年生として考えたこと
 
                              吉島東小学校6年 本堂壮太

 今年は平成20年です。広島に原爆が投下されたのは昭和20年8月6日です。平成と昭和のちがいはあるけれど、どちらも20年です。ぼくは平成20年の小学校6年生です。でも、昭和20年の小学校6年生は、ぼくたちとどうちがうのかと思い、調べたり考えたりしてみました。

 まず、平成20年の今生きているぼくたちと、昭和20年を生きた昔の小学校6年生と大きくちがうのは、今は平和だけど、昔は戦争中だったということです。調べてみると、昭和20年の6年生が生まれた時、日本は中国と戦争をしていました。2年生の時には太平洋戦争も始まります。ぼくたちが生まれてから日本は戦争をしていないし、平和であることが当たり前だと思っていますが、63年前の6年生にとっては戦争が当たり前で、それが日常生活だったのです。

 戦争中だったということで今とのちがいはいろいろあります。ぼくたちは平和の大切さを考えるために、今ここに集まっていますが、昭和20年の6年生は、「戦争が大事」と教えられていました。戦争のためなら何でも協力しないといけません。食糧不足でおなかがすいても、「ほしがりません、勝つまでは」のスローガンのもとみんながまんをしていました。そして家族と別れて暮らす6年生もいました。集団そかいです。広島市内の6年生は、都市への空しゅうから身を守るため、先生や友達と一緒に田舎に行って暮らしました。

 同じ6年生なのに、平成と昭和の20年では、こんなにもちがうのかと改めて思いました。今のぼくたちは平和な社会に守られています。それがどんなに幸福なことか、実感しました。しかし、何もかもが正反対だったわけではありません。今と変わらないものもあります。それは家族への愛と生きる希望です。そかいに行った6年生は家族のことをずっと考えていたにちがいありません。そしていつか戦争が終わって、また家族と暮らしたという強い願いや、将来への大きな夢をもっていたはずです。たとえ戦争中でも、ぼくたちと同じ6年生ですから。

 戦争が終わり、昭和20年に6年生だった子どもたちは、その後この平和な日本、美しい広島を作ってくださいました。次はぼくたちが平和の大切さを広めていく番です。先日クラスのみんなと考えました。どうしたら広島にたくさんの人が来てくれるだろう、ということです。広島に来れば、その人の心の中に戦争反対の気持ちが芽生え育ちます。

 ぼくたちのアイデアは@広島市のテレビコマーシャルを流す。A動物園のぼうを回すクマをもっと宣伝する。またはパンダをよぶ。Bうまい物をふやす、C8月6日から9日を連休にする。Dカープやサンフレッチェの対戦相手の都道府県にアピールして、広島での試合に来てもらう。E山や川、海をきれいにする。水辺が美しければつり客もふえるだろう。

 以上6つのアイデアが出されました。ぼくはその中で8月6日と9日を「広島の日」「長崎の日」として休日に加えることを提案します。祈念式典が行われ、深い祈りの中にある広島を、ぜひ訪れてほしいです。

 ディズニーランドのようなテーマパークはないけれど、広島に来れば、平和の大切さが深く心に刻まれるはずです。いろいろなアイデアを実行していくことはもちろんですが、ぼくたち広島市民一人一人がまず、広島を元気にもり上げ、み力ある広島をつくっていきましょう。

こどもピースサミットとは
 毎年4月、広島市教育委員会が、市内の小学校6年生に対し「平和の意見作文」を募集しています。応募された作文の中から、20点が選ばれます。今年は約9000点の応募があり、その中から本校の本堂壮太くんの作文が選ばれました。
 6月14日に「こどもピースサミット2008 平和の歌声・意見発表会」が開催され、選ばれた20名が自分の作分をもとに、意見発表をしました。
 さらにその20名の中から、意見文の内容やスピーチの様子をもとに、男子1名・女子1名が大賞に選ばれます。本堂くんはその大賞に選ばれたのです。
 大賞に選ばれた二人が、8月6日の平和祈念式典で、「平和の誓い」を子ども代表として堂々と発表しました。
 紹介する作文は、本堂くんが「こどもピースサミット2008」で発表した意見文です。